以前より、「動ける体でいること」は、自分にとって大切なことになりました。
特別に筋肉を大きくしたいわけではありません。
誰かと競い続けたいわけでもありません。
ただ、自分の意思で体を動かせる状態を維持していたい。
その感覚を大事にしています。
走れる。
動ける。
疲れても回復できる。
そういう感覚があるだけで、日常生活の安心感が少し変わる気がしています。
体が動くと、気持ちも安定しやすい
不思議ですが、体の状態と気持ちはかなりつながっていると思います。
しばらく運動できない期間が続くと、体だけではなく、気持ちまで重くなる感覚があります。
逆に、しっかり走れている時や、継続して体を動かせている時は、生活全体も安定しやすい。
もちろん、嫌なことがなくなるわけではありません。
疲れる日もありますし、気持ちが乗らない日もあります。
でも、そんな時でも、「とりあえず走ろう」と思える習慣があると、一度リセットできる感覚があります。
以前より、運動は「鍛えるため」だけではなく、「自分を整えるため」のものになってきました。
年齢を重ねるほど、「維持」の価値を感じる
若い頃は、多少無理をしても動けました。
疲れていても押し切れましたし、多少生活が乱れても何とかなっていました。
でも今は、少しずつ変わってきました。
無理を重ねると疲労が抜けにくい。
睡眠不足がそのまま体に出る。
数日動かないだけでも、感覚が鈍る。
そういう変化を感じることが増えました。
だから最近は、「強くなること」以上に、「動ける状態を維持すること」に価値を感じています。
走れる体を保つ。
疲れても戻せる。
崩れても立て直せる。
そういう土台があるだけで、日常生活の安心感がかなり違います。
自信は、小さな積み重ねからできていく
特別な成功体験があるわけではありません。
ただ、走ることやトレーニングを続けていると、「積み重ねてきた感覚」が少しずつ残っていきます。
疲れていても走れた日。
忙しくても少し体を動かした日。
気持ちが乗らなくても継続した日。
そういう小さな積み重ねが、自分の中に残っていく。
以前より、「ちゃんと生活できている」という感覚にもつながっています。
大きな変化ではありません。
でも、その小さな積み重ねが、結果的に自信になっている気がします。
「動ける」は、これからもっと大切になる気がする
年齢を重ねるほど、「動けること」の価値は大きくなると思っています。
好きな時に走れる。
疲れても回復できる。
やりたいことを自分の体でできる。
そういう状態を維持できることは、かなり大切なことだと感じています。
もちろん、いつまでも同じようには動けないと思います。
でも、何もしなければ、確実に落ちていく。
だからこそ、今できる範囲で積み重ねていきたい。
派手なことではありませんが、その積み重ねが未来の自分を支えてくれる気がしています。
おわりに
最近は、「どれだけ強いか」より、「どれだけ長く動けるか」を大切にしています。
走ることも、鍛えることも、そのための習慣です。
無理をしすぎず、でも少し負荷をかけながら続けていく。
これからも、自分の体と向き合いながら、長く動ける状態を維持していきたいと思います。


コメント